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新潟地方裁判所 昭和38年(ワ)210号 判決

原告 柴田屋加工紙株式会社 外一名

被告 国 外四名

訴訟代理人 河津圭一 外三名

主文

一、被告小林二郎は、原告柴田屋加工紙株式会社に対し、金一二〇万円およびこれに対する昭和三八年七月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、被告小林二郎は、原告今繁太郎に対し、金三〇九方六二二〇円およびこれに対する昭和三八年七月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

三、原告の被告小林二郎に対するその余の請求を棄却する。

四、原告の被告小林製袋産業株式会社、同有限会社増田屋袋店、同工藤邦男および被告国に対する請求をいずれも棄却する。

五、訴訟費用中、原告らと被告小林二郎との間に生じた分はこれを七分し、その六を被告小林二郎の負担とし、その余は原告らの負担とし、原告らと被告小林製袋産業株式会社、同有限会社増田屋袋店、同工藤邦男、同国との間に生じた分は原告らの負担とする。

六、この判決は原告柴田屋加工紙株式会社において金四〇万円の担保を供するときは第一項にかぎり、原告今繁太郎において金一〇〇万円の担保を供するときは第二項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、

(中略)

第二、一、青森地方裁判所執行吏大谷真三は、昭和三七年一〇月二八日被告小林二郎から前記仮処分決定に基づき、原告今繁太郎および今アグリに対する仮処分執行の委任を受けたが、前記のように、右仮処分決定に基づき執行吏保管等の執行をすることができる物件は、同仮処分決定に表示された別紙(ニ)および別紙(三)記載の二重袋に限定されており、従つて、外袋の用紙に防菌剤の混入されていない二重袋については執行をすることができないのであるから、右仮処分の執行をするにあたつては執行しようとする目的物が、別紙(三)記載のような外形上の構造をしていることのほか、その外袋の用紙に防菌剤が混入されていることを確認したうえで執行をすべき義務があるにかかわらず、原告今繁太郎所有の二重袋について執行をするにあたり、被告小林二郎から原告今らの占有する防疫用二重袋の外袋に防菌剤が混入されているとの証明資料の提出を求めるなど、その確認の方法を講ずることなく、被告小林二郎復代理人らの、原告今らの占有する二重袋は前記仮処分決定表示の二重袋と同一である旨の指示説明だけで、同日および翌二九日の両日にわたり前記のように外袋の用紙に防菌剤の混入されていない、原告今繁太郎所有のリンゴの防疫用二重袋合計九八四万三、〇〇〇枚につき、同原告らの占有を解いて同執行吏の保管に移す旨の違法な執行をし、これを株式社会弘前倉庫の倉庫に格納保管した。

二、次に前記執行吏大谷真三は、昭和三七年一一月二八日原告代理人坂井熈一および原告今繁太郎から本件二重袋の外袋の用紙に防菌剤が混入されていない旨の鑑定書を示され、かつ、本件二重袋が仮処分決定表示の物件と異なることを理由に、執行処分の取消を求められたのにかかわらず、その後執行にかかる物件が仮処分決定表示の物件と同一であるかどうかの調査を全くすることなく、漫然と執行を継続した。

三、更に、前記執行吏大谷真三は、昭和三八年三月一二日原告今繁太郎および今アグリから青森地方裁判所弘前支部の前記執行処分不許の裁判の正本に基づき、前記執行処分の取消を求められたので、直ちに右執行の取消をすべきであるにかかわらず、被告小林二郎が右決定に対し即時抗告をするのを待つために、故意に右執行処分の取消をせず、結局、被告小林の即時抗告の申立により右決定に基づく執行取消を不能にさせた。

(中略)

被告国の指定代理人らは「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決ならびに予備的に担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、答弁として、(中略)

被告の主張

本件執行は違法でなく、また仮にこれを違法とするも本件執行吏に過失はない。

(イ)  (本件執行は正当である)

原告は、本件執行が防菌剤を含まぬ二重袋に対してなされたことをもつて違法であると主張されている。しかし、本件執行は仮処分決定において目指されていた当該物件に対してなされたものであり、従つて、当該物件が防菌剤を含んでいるかどうかは問題でない。その理由は次のとおりである。

なるほど、本件仮処分決定は、主文において引用する別紙図面説明書に「Aは防菌剤を混入した原紙の袋体」との記載があり、従つて、一見防菌剤を含まぬ物は当然仮処分の対象外であるようにも見受けられる。しかし、本件のような仮処分は特定の権利を侵害しまたは侵害するおそれのある具休的製品の存在を前提とし、その具体的物件に対する必要措置を定めることをもつてその目的とするものである。

従つて本件決定添付の別紙(三)の図面および別紙(二)図面説明書は、現にそれが債権者の特定の権利を侵害しまたは侵害するおそれを生じている具体的物件の存在を前提とし、それについての同一性を識別するにたる事項を記載するものでなければならないとともに、それ以上の記載はこれを必要としないものといわなければならない。

しかるところ、本件仮処分事件で申請人がその製造・販売・頒布の禁止等を求めた目的物は、まさに本件執行にかかる物件それ自体なのであつて、そのばあい申請人は当該の物件が防菌剤を含み、その製造等が自己の権利を侵害するおそれがあると主張して、本件仮処分の申請をし、また、裁判所はそのことの立証があつたものとして本件決定をしたものである。

防菌剤含有の有無は元来本件二重袋に対する仮処分を許容すべきか否かを決定するうえで問題となるべき事項にほかならないものであつて、仮処分を求める現実の対象である本件二重袋に防菌剤が混入していると認められるのでなければ、仮処分の命令は発布されるはずのないものであり、従つて、既に本件二重袋を対象としてその仮処分を許容する裁判があつた以上、執行吏がこれに対する執行をするのは当然であつて、そのばあい執行吏に本件二重袋に果して防菌剤が混入されているかどうかという仮処分の理由の有無に関するような事項についてまで審査をなすべき義務はない。

(ロ)  (本件執行吏に過失はない)

仮に右防菌剤の含まれているか否かが本件執行目的物識別上の必要的着眼事項であるとしても、本件執行吏が本件物件に対して執行をしたことに過失はない。その理由は次のとおりである。

(1)  執行吏が執行をするには法令に従つて適正にこれをなすべきは当然であるが、そのばあい執行は実体的関係や特別の審査を要すべき事項から解放され、もつぱら外観的ないし形式的判断によつてなされるのが立前であつて、このことは執行の能率から来る当然め要請である。

(2)  しかるところ、本件執行吏は、昭和三七年一〇月二八日債権者小林の復代理人ら(中田一郎、岡中義人)から、本件仮処分決定の執行の依頼および執行の目的物件が原告今方の倉庫および弘前市大字和徳字俵元二六〇所在の倉庫に存在することの説明を受け、次いで同日右の者らと共に執行のため原告今方にのぞんだ。

その際原告今はたまたま不在であつたが、同人の妻で、同時に右仮処分の債務者の一員でもある今アグリが在宅していたので、本件執行吏はこれに決定を示して、その執行をすることを告げたうえ、該当物件の有無を問うたところ、今アグリはそのようなものは保有しないと答えたが、右復代理人らから和徳の倉庫の写真を示して「このような倉庫があるではないか」と問われて沈黙し、これに疑問をもつた本件執行吏が「このような倉庫があるのか」とただしたところ、ようやくそのあることを是認した。そこで、本件執行吏が右倉庫に赴くから立会つて欲しい旨申し向けたところ、今アグリは「執行するなら勝手にして下さい」となげやりな回答をしただけで、同所に保管の物件が仮処分決定の目的物と異る等の異議は一言もこれを述べなかつた。

また、その際本件執行吏が右今方の倉庫を検したところ、同所には「防疫二重袋」と印刷した段ボールの箱が積まれ、その箱から出したと思われる本件仮処分決定別紙(二)(三)表示の形体にあらゆる点で一致する二重袋が見受けられ、これについて右復代理人らから、右物件がまさに右仮処分の目的物である旨の説明があつたが、今アグリは本件執行吏がかような見聞をしていることを当然察知し得たにかかわらず、何ら右物件が仮処分決定の目的物件に該当しない旨の発言をしなかつた。

そのため本件執行吏は諸般の状況から見て右今方所在の二重袋が仮処分決定にかかる「防疫二重袋」であると確信し、同日右和徳の倉庫にのぞんで、同所に保管されていた右今方で発見したと同一の二重袋に対し、仮処分を執行したものである。

(3)  なお、本件執行吏はその翌二九日右今方所在の物件に対する執行をするため今方にのぞんだが、その際には原告今が在宅していた。そこで本件執行吏はあらためて同人に本件仮処分決定を示してその執行をする旨告げたところ、同人もまた「執行するなら勝手にするように」といつた趣旨を述べただけで、右物件が仮処分決定の物件と相違するとかその理由については一言も述べるところがないので、本件執行吏は前述のような確信を強めて右物件に対しても仮処分の執行をしたものである。

(4)  以上の事実によれば、本件執行吏が本件物件をもつて本件仮処分決定指示の物件に該当することを認め、これに対してその執行をしたことには何らの過失もない。

すなわち、このばあい右二重袋に防菌剤が混入しているかどうかの検査のごときは、元来執行上これを期待し得べき筋合のものでないと思われるが、仮に目的物の識別上必要に従つてこれをなすべきものであるとしても、右具体的事情のもとにおいて本件執行吏が右検査におよばずして原告今保有の「防疫二重袋」と称する本件物件を仮処分決定にいう防菌剤を含んだ「防疫二重袋」に一致するものと判断したことは、まことに無理からぬことというべく、これをもつて過失とすることは失当である、

(ハ)  (執行処分の取消しを遅廷させたことに過失はない)

原告らは、大谷執行吏が本件執行処分不許の裁判に基づく仮処分の取消の執行をことさら遅延させたことは違法であるとし、また、同執行吏が単なる即時抗告提起の証明書に基づいて右取消の執行をやめたことも違法であると主張されている。

しかし大谷執行吏が仮処分の取消に時間を要したのはその処理について確実適正を期するため裁判所の係官と協議したことおよびその際係官とすぐ協議の開始、協議の結着ができなかつたこと等によるものであつて、同人にことさら執行処分の取消を遅延させるような他意のあるはずはない。

また、執行の方法に関する異議の申立を認容して執行処分の取消を命じた裁判に対して、相手方から即時抗告提起の証明書が提出されたばあいには、右文書は民事訴訟法五五〇条所掲の各書面には直接該当しないが、しかし、即時抗告は原裁判の執行を停止する効力を有する道理である、(同法五五八、四一八-)から、右書面は執行手続上なおこれを同条の書面に該当するものと解して、それに対応する措置を構ずるをもつて相当とするというべきであり、仮にそうでないとしても、右証明書が同条の書面に該当するかどうかについては学説上も実務上も積極消極の分れているところであるから、大谷執行吏が積極説により右証明書に基づいて本件執行処分を取消さなかつたといつて、これをもつて直ちに過失といい得べきものではない。

なお、原告らは大谷執行吏が鑑定結果等により本件二重袋に防菌剤が混入していないことを知得したにもかかわらず、その後引き続きその執行を継続したことは、それだけでも違法である旨主張されるが、一旦本件執行をした以上、執行吏がただそれだけの事由によりたやすく本件執行を取消し得べきものではない。

(二) (過失相殺)

仮に本件執行が違法であり、また、本件執行吏に過失があつたとしても、本件執行吏が本件物件について執行をしたのは、原告今およびその妻の言動に負うところが多く、特に同人らにおいて、本件物件が防菌剤を含まず、徒つて仮拠分決定にかかる物件と相違する旨指摘主張しなかつたのは同人らの重大な過失であるから、このことは損害額の算定に斟酌されるべきものである。

〈以下省略〉

理由

一、(一)原告柴田屋、同今繁太郎、被告小林製袋、同増田屋、同工藤邦男はいずれも果実の防疫袋の構造、販売を業としているものであり、被告小林二郎は同小林製袋の代表取締役であること。

(二) 被告小林二郎は、昭和三七年一〇月、原告柴田屋、同今繁太郎、訴外今アグリを被申請人として、長野地方裁判所飯田支部に、実用新案権侵害行為禁止の仮処分を申請し、同裁判所で昭和三七年(ヨ)第二九号事件として同月二五日次の仮処分決定がなされたこと。

(三) 仮処分決定の主文は

「被申請人(原告)柴田屋加工紙株式会社は別紙図面(別紙(三))ならびに説明書(別紙(二))に示すような登録第四四四、五八八号(梨類の防疫二重袋に関する)実用新案権の権利範囲に属する梨類の防疫二重袋の製造販売頒布をしてはならない。

被申請人ら(原告柴田屋、同今繁太郎、訴外今アグリの前記梨類の防疫二重袋の既製晶、半製品および用紙の占有を解き、申請人(被告小林二郎)の委任した青森地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。

執行吏は右物件に封印を施しその他の方法を以つてその使用および販売ができぬようにしなければならない。」

とするものであつたこと。

(四) 被告小林二郎の委任を受けた青森地方裁判所執行吏大谷真三は、右仮処分決定に基づき昭和三七年一〇月二八日、同月二九日被申請人(原告)今繁太郎らの住所にのぞみ果実の二重袋につき同人らの占有を解き同執行吏の保管に移すとともに、これを弘前市北瓦町一九の一株式会社弘前倉庫の同市徳田町二六の徳田倉庫および同市和徳字稲田六六の和徳稲田倉庫に保管したこと。

(五) 前記仮処分の執行処分につき、原告今繁太郎、訴外今アグリは昭和三七年一一月一〇日青森地方裁判所弘前支部に執行方法に関する異議申立をし(同庁昭和三七年(ラ)第一六七号)、同三八年三月一二日同庁で仮処分執行を許さないとの決定があつたところ、被告小林二郎は同日即時抗告の申立をし(仙台高等裁判所秋田支部昭和三八年(ラ)第一四号)、右決定の執行を停止させ、結局同三八年五月四日抗告棄却の決定により取消すまで執行を継続したこと。

は当事者間に争がない。

二、ところで、成立に争なき乙第一号証によると、本件仮処分決定は、被告小林二郎の有する実用新案権に基づく妨害排除請求権保全のためになされたものであることが明らかであるから、仮処分決定の趣旨、目的および文理を総合して考えると、本件仮処分決定主文第二項第三項は、原告今繁太郎訴外今アグリの占有する物件が別紙(二)(三)記載の物件と全く同一であるばあいにおけるその物件の既製品、半製品および用紙について占有解除、執行吏保管、封印その他の措置を命じているものと解するのが相当であるから、同人らの占有する物件が既製品であるときは少くとも別紙(二)記載のように防菌剤を混入した原紙の袋体を外袋とした二重袋であることの要件が具備されていなければこれを執行の対象とすることはできないものといわなければならない。

しかるに、成立に争なぎ甲第四号証の一、二、第五号証によれば、本件仮処分を執行した果実二重袋には水銀系防菌剤が使用されていないことが認められ、右認定を左右するにたりる証拠はないので、本件執行は右仮処分命令に定められた執行の対象外の物件に占有解除、執行吏保管その他の執行をしたものであり、執行自体違法なものであつたといわなければならない。

三、そこで、まず、被告小林二郎、同小林製袋、同増田屋の責任について考えてみる。

(一)  成立に争なき甲第一号証、第三号証の一、二、乙第二号証、第三号証、丙第三号証、第四号証、被告増田屋代表者増田良助尋問の結果、証人増田勉の証言およびこれにより真正に成立したと認められる甲第二号証の一、二、丙第一号証の一ないし四、証人鈴木愛二、同大谷真三、同今アグリ、同中田一郎の各証言と被告小林二郎本人尋問の結果(一、二回)を総合すれば、

被告小林二郎は「水銀系殺菌剤を混溶した溶融パラフインを浸透させた特殊パラフイン紙」を外袋とする梨類の防疫二重袋につき登録第四四四、五八八号の実用新案権登録(昭和三一年)を受け、そのころから右登録実用新案を実施して、被告小林製袋をして果実二重袋を製造させ、「防疫二重袋」と称し、これを納めたケースには「実用新案登録。第四四四、五八八号なる表示を付して販売させて来たところ、昭和三七年春ころからこれと同様なる果実二重袋に「防疫二重袋」なる名称および「実用新案」なる表示を付して廉価で製造販売しているもののあることを知り、前記実用新案を侵害するものとして調査していた。

すると青森県下における特約代理店被告増田屋取締役社長増田良助から、被告小林製袋に対し、「原告柴田屋から同今繁太郎宛に昭和三七年八月ころ一五トン貨車にて一台分、同年九月ころ一三トン貨車にし一台分右袋が運搬され、弘前市和徳字俵元二六〇番地今アグリ(原告今繁太郎妻)所有の倉庫に保管されたこと、更に同年一〇月一一日午後二時ころ、同所付近路上で荷馬車三台に「実用新案」「防疫二重袋」「新潟柴田屋加工紙株式会社」なる表示を付したケース入り二重袋を右倉庫に運搬中なることを発見した」旨報告があつた。

そこで、同社は実用新案権者である被告小林二郎に連絡し、被告小林二郎において右実用新案権を被保全権利として原告柴田屋、同今繁太郎および今アグリを相手方として長野地方裁判所飯田支部に仮処分決定を申請し、同年一〇月二五日前記仮処分決定を得たこと、

しかして被告小林二郎はその執行を訴外弁護士小島利雄、同上松貞夫に委任し、前者の復代理人訴外中田一郎、後者の復代理人訴外田中義人が右仮処分決定の執行を同月二七日青森地方裁判所弘前支部執行吏大谷真三に委任したこと。

同訴外人らは右執行債権者の復代理人として右仮処分決定の執行のため、執行吏木谷真三と共に同月二八日原告今繁太郎方に赴き同人方店舗および倉庫に入り「実用新案」「防疫二重袋」となつているケースや袋を示し、仮処分決定にいう梨類の防疫二重袋であると該執行吏に指示説明したこと。

同執行吏は右指示説明に基づき、同日と翌二九日の両日にわたり、本件二重袋につき原告今繁太郎、今アグリの占有を解き同執行吏の保管に移し、これを引前市大字北瓦町一九の一株式会社弘前倉庫の、同市徳田町倉庫と、同市和徳稲田六六和徳稲田倉庫に格納保管していたところ、右和徳稲田倉庫に保管中の分は昭和三七年一二月一八日火災により焼失したものであること。

が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  しかして前記仮処分決定には別紙(二)記載のように防菌剤を混入した原紙の袋体を外袋とした二重袋であることが明記してあるのであるから、前記のようなばあいにおいては、仮処分執行の復委任を受けた中田一郎、田中義人は、仮処分執行に際し、智識経験者から防菌剤の有無を確認するなど周到な注意を払い、いやしくも仮処分の対象外の物件につき執行することなきよう万全の注意をなすべき義務があるのに、これを怠り、単に外観を観察しただけで軽卒にも本件二重袋が仮処分決定所定の物件である旨指示説明して前記執行をなさせた過失があつたといわねばならない。

しかして中田一郎、田中義人は被告小林二郎の本件執行の、復代理人であつて結局同人の指揮監督に服する関係にあつたものといわねばならないから被告小林二郎はその事業のため他人を使用していた者として、被用者が事業の執行につき第三者に加えた損害を賠償する責に任じなければならない筋合である。

(三)  原告らは、被告小林製袋、同増田屋も、被告小林二郎と共謀して右仮処分執行をさせたものである旨主張し、前記甲第二号証の一、二によれば被告増田屋取締役社長増田良助名義で被告小林製袋に対して、原告柴田屋から同今繁太郎あて本件二重袋が運搬されている旨報告していることが認められ、その形式から見ると仮処分申請のために作成されたものと認められるが、しかし、被告増田屋代表者増田良助尋問の結果によれば、右は被告小林製袋からの求めにより事実を報告したに過ぎないものと認められ、仮処分執行に立会つていた事実は認められないし、右執行についてまで共謀したと認めるに足りる証拠はない。

また、証人鈴木愛二の証言によれば、鈴木愛二は右執行に立会い、執行吏に対し本件二重袋が仮処分決定所定の二重袋である旨指示説明していることが認められるが、しかし、前記甲第一号証、第三号証の一、二によれば、本件仮処分を申請したのは被告小林二郎であり、その執行委任をしたのは同人の復代理人である中田一郎、田中義人であることが認められ、被告小林製袋は本件仮処分の申請人でも、執行委任者でもないことが明らかであつて、これらの事実から推断すると鈴木愛二は被告小林二郎の執行補助者として執行に立会つたものというを相当とするから、これをもつてたやすく被告小林製袋が被告小林二郎と共同して本件執行をなしたものというを得ないし、他に前記認定をくつがえし、同社が被告小林二郎と共謀して故意または過失をもつて本件執行をなしたと認めるに足る証拠はない。

(四)  同被告らは、原告らが二重袋の外袋に防菌剤を含まない事実を秘しこれを「実用新案」「防疫二重袋」と銘打つたケース入り果実二重袋を多量に販売しており信義則からも到底許されないので被告小林二郎は前記登録実用新案権の権利侵害ありと判断してこれを排除するため本件仮処分申請および執行をしたので正当な権利行使である旨主張するが、被告小林二郎が自己の実用新案権を侵害するものと信じたとするも、そのことから直ちに本件仮処分の執行が仮処分決定の目的外のものになされた違法を正当化するものではないからこれを採用し得ない。

四、次に執行吏の責任について考えてみる。

(一)  前記認定の事実によれば、執行吏大谷真三は被告小林二郎の復代理人中田一郎、田中義人がら仮処分決定の執行の委任を受け、昭和三七年一〇月二八日、二九日、同人らおよび前記鈴木愛二と共に原告今繁太郎方に赴き、右中田一郎らから仮処分決定の物件は本件二重袋なる旨の指示説明を受けたので、これと仮処分決定表示の物件と対照するときは、外形上同一であつて、まさに同決定表示物件と同一であると信じ執行に着手したものであることが認められ、他にこれを覆えすに足る資料はない。

(二)  執行吏は常に必ずしも当事者の指図に従うべきものではないが、その執行行為は当事者の委任に原因し、その執行の範囲は委任により定まるのであり、かつ、執行債権者またはその代理人は執行目的物件の性質、形態、所在、その帰属については執行吏より容易にこれを知り得る地位にある結果、執行の実際においては執行吏はその指示に従うのを通常としており、また、右執行にあたり原告今繁太郎、今アグリは仮処分決定掲記の物件と異る旨の異議の申出もなかつたので、本件物件が仮処分命令所定のものとしてこれが執行をなしたもので、しかも本件は仮処分であつて急速を要するものであつて、防菌剤の混入の有無について深く考究する時間的余裕もなかつた事情を窺知し得るので、かかる際執行委任者の言を信じ執行に着手したとしても、これをもつて執行吏の職務上の義務に違反したものというを得ない。

(三)  また、昭和三七年一一月二八日原告代理人坂井照一および原告今繁太郎から同月九目付新潟県衛生試験所長の蠣引紙果実袋には水銀の反応は陰性なる旨の試験成績書を示されて仮処分の執行取消を求められたことは証人大谷真三の証言と原告本人今繁太郎尋問の結果により認められるが、右成績書は果して本件二重袋につきなされたものであるかどうかにつき疑問がなかつたわけではないのであるから、執行吏としては右成績書が示されただけで直ちに執行を解除しなかつたとしても職務に違反したものとはいわれない。

(四)  更に執行吏大谷真三は、昭和三八年三月二日、原告今繁太郎および今アグリから、青森地方裁判所弘前支部の執行方法に関する異議申立事件について、仮処分執行はこれを許さない旨の決定の正本を示され、執行処分の取消を求められたが、同日被告小林から即時抗告の申立があつたので、執行処分を取消さず執行を継続したことは当事者間に争がないところであるが、その間の事情は、証人大谷真三の証言によれば、昭和三八年三月一二日午後三時二〇分ころ原告今繕太郎、今アグリから前記異議申立事件で仮処分執行はこれを許さない旨の決定があつたので執行を取消されたい旨の上申書の提出があり、同四時ころ右決定を相手方に送達した旨の証明書の提出があつたので、青森地方裁判所弘前支部に赴き解放の場合の手続等を尋ねて事務所に帰ると、同五時四〇分ころ被告小林二郎から即時抗告の提起をした旨の受理証明書の提出があつたので、民事訴訟法四一八条一項により即時抗告は執行停止の効力を有するものと解して執行を継続するに至つたことが認められる。

(五)  執行吏が職務上の義務違背につき過失があつたかどうかは普通一般の執行吏として適当な注意を尽したかどうかを標準とすべきものであつて、職務上の取扱が明白であつて少しも疑義のない場合にこれを過つたときは通常過失ありと認められるが、右のように即時抗告を提起したる旨の受理証明書の提出があつた場合に、即時抗告は民事訴訟法四一八条一項により執行停止の効力を有するものと解し、これが受理証明書は同法五五〇条の書面に当るものとして、仮処分の執行の取消を命ずる裁判の執行が停止されたとして仮処分の執行処分を取消さないでそのまま執行を続行するか、あるいは右証明書は同条の書面にあたらないと解し執行処分の取消を命ずる裁判を停止するには同法四一八条二項による仮の処分を命ずる裁判の正本を要するものと解するかは一見必ずしも明瞭であるとはいい難く、現にその取扱も区区に別れていることは成立に争なき乙第九号証の記載により明らかであつて、執行吏大谷真三が、右証明書の提出があつたので、前説のように解し、仮処分の執行を取消すべきでないと信じたとするも、必ずしも普通一般の執行吏としてなすべき適当な注意を欠いた過失ありということはできない。

(六)  原告は執行吏大谷真三が、被告小林二郎が前記決定に対し即時抗告をするのを待つため、故意に右執行処分の取消をしなかつたと主張するが、これを認めるに足りる証拠がないのでこれを採用し得ない。

(七)  よつて原告らの被告国に対する請求はその余の事実につき判断するまでもなく失当である。

五、次に原告らの信用および名誉の毀損の有無について考えてみる。

被告小林製袋、同増田屋ならびに、工藤製袋所こと工藤邦男が、昭和三七年一二月二〇日、同月二二目の二回にわたり、日刊新聞東奥日報紙上に連名で「急告」と題し別紙(四)記載のような公告をしていることは当事者間に争がないところであるが、原告らがそのため名誉、信用を毀損されたかどうか、また、それが違法のものであるかどうかは、具体的事情を総合的に参酌して決定すべきものであるところ、前記のとおり被告小林製袋、同増田屋、同工藤製袋所こと工藤邦男は、被告小林の実用新案にかかる水銀系殺菌剤を混溶した溶触パラフインを浸透させた特殊パラフイン紙を外袋とした二重袋を「防疫二重袋」なる名称を付して版売中、昭和三七年春ごろからこれに類似する二重袋の外袋に防菌剤を含有しないのに「実用新案」「防疫二重袋」なる名称を付し販売している者があるので、同被告らがその販売にかかる防疫二重袋と右二重袋との誤認を避けるため、一般需要者に対し注意を喚起したものと解されるので、これら諸般の事情とその実質とをかれこれ参酌するときは、いまだ原告らの名誉、信用を害した違法のものというを得ない。

なお、被告小林二郎は右新聞紙上に名を連ねていないことが一見明瞭であるから同被告が原告らの名誉、信用を毀損したとの主張は採用し得ない。

原告は、被告らが果物袋の小売業者らに対し、原告らの製造販売する前記二重袋を購入したばあいには原告らと同様その購入した二重袋について仮処分をすると脅迫したと主張するが、原告提出の全証拠をもつても右脅迫の事実を認めるに足りない。

従つて原告らからの右名誉、信用を毀損されたことを前提とする謝罪公告を求める請求は失当である。

また、原告今繁太郎は精神的苦痛をこうむつたと主張するがこれを認めるに足りる証拠はないので慰籍料を求める請求は理がない(

六、そこで前記三の違法執行による損害の額について考えてみる。

1  原告今繁太郎の損害

(一)  証人斎藤清次郎の証言とこれにより真正に成立したと認められる乙第七号証および証人大谷真三の証言によれば原告今繁太郎はその所有にかかるリンゴの二重袋につき

(1) 昭和三七年一〇月二八日

(イ) 八、〇〇〇枚入り八〇二ケース六四一万六、〇〇〇枚を株式会社弘前倉庫の徳田町倉庫に保管され

(ロ) 八、〇〇〇枚入り三四〇ケース二七二万枚を同会社の和徳稲田倉庫に保管され

(2)  同月二九日、四六万七、〇〇〇枚を同会社徳田町倉庫に保管され

たものであるが、そのうち(1) (ロ)の同会社和徳稲田倉庫に保管された二七二万枚が火災により焼失したものであることが認められる。

もつとも成立に争なき甲第三号証には右(1) の(ロ)八、〇〇〇枚入り三七〇ケースである旨記載されてあり、また、成立に争なき甲第一一号証には執行吏大谷真三は右(1) の(イ)は八、〇〇〇枚入り八三二ケースで(1) の(ロ)は八、〇〇〇枚入り三四〇ケースであつた旨証言していたことが認められるが、いずれも前記乙第七号証と証人斎藤清次郎、同大谷真三の証言とを総合して考察すると誤認していたものと認められるので、右認定をくつがえす資料とはなし難いし。

かして原告今繁太郎本人尋問の結果によれば同原告はこれを一枚金六六銭で販売することができたものであることが認められるので右(1) (ロ)の焼失により金一七九万五、二〇〇円(二七二万枚×六六銭)の損害をこうむつたものといわなければならない。

(二)  原告紫田屋代表者畑野修平尋問の結果(一、二回)および原告今繁太郎本人尋問の結果ならびにこれにより真正に成立したと認められる甲第八号証、第九号証の一ないし四、第一〇号証を総合すれば、原告今繁太郎は昭和三七年八月一日原告紫田屋から昭和三八年用の二重袋三、五〇〇万枚を買受ける契約をし、同年八月から同年一〇月までの間に合計一、〇四四万枚の二重袋の送付を受けたところ、前記のとおり合計九六〇万三、〇〇〇放、買入価格にして合計五五六万九、七四〇円(一枚五八銭)相当について執行吏保管の仮処分の執行を受けその販売をすることができなくなつたので、原告今は右の投下資本の回収ができず、原告紫田屋から引きつづいて二重袋の買入れができなくなり、小売業者も被告らから仮処分を受けることをおそれ、原告今から右二重袋の購入をしなくなつたため、右二重袋の販売をすることがほとんど不可能になり、更に仙台高等裁判所秋田支部の前記決定により執行処分が取消されたのは昭和三八年用の果実袋の販売時期を絡ろうとするときであつたから右執行取消のあつた二重袋の全部を販売することはきわめて困難であつたこと。

そのため、原告今は被告らの前記不法行為がなければ昭和三八年用の二重袋は三、五〇〇万枚販売することができたのに、右不法行為のため、昭和三八年用として一、六四一万四、〇〇〇枚を買受け、うち前記(一)(ロ)のとおり二七二万枚を焼失され、残りを販売し得たにとどまり、一、八五八万六、〇〇〇枚を販売することができなかつたこと。

原告今は二重袋一枚につき少くとも金七銭の販売利益を得ていたから右一、八五八万六、〇〇〇枚を販売することができなかつたことにより、金二二〇万一、〇二〇円の得べかりし利益を喪失したこと。

が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。してしみれば原告今繁太郎は右(一)(1) (ロ)の金一七九万五、二〇〇円と(二)の金一三〇万一、〇二〇金合計金三〇九万六、二二〇円の損害をこうむつたものといわなければならない。

2  原告紫田屋の損害

前記(二)掲記の証拠を総合すれば、原告紫田屋は昭和三七年八月一日原告今繁太郎から右二重袋三、五〇〇万枚の注文を受け、同原告との間にこれを代金一枚につき金五八銭と定めて、売渡す旨の契約を締結したが、被告小林二郎から原告今に対し違法な仮処分執行をしたため、同原告から前記売買のうち一、八五八万六、〇〇〇枚について売買契約を解除されるのやむなきに至つたこと。

原告紫田屋は告二重袋一枚につき金九銭六厘の販売利益を得ていたから、右一、八五八万六、〇〇〇枚の二重袋を販売することができなかつたことにより金一七八万四、二五六円の得べかりし利益を喪失したこと。

が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  しかして、以上の事実関係のもとにおいては、その損害と行為との間に因果関係あるものというを相当し、右事情および損害は右執行当時被告小林二郎において予見し得べかりしものといわねばならないから、同被告はこれが損害を賠償しなければならない筋合である。

してみれば被告小林二郎は、

(1)  原告今繁太郎に対し右1の合計金三〇九万六、二二〇円およびこれに対する不法行為の後で訴状送達の翌日であること記録上明白である昭和三八年七月五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務あるものというべく、

(2)  原告紫田屋に対し右2の金一七八万四、二五六円のうち本訴請求一二〇万円およびこれに対する不法行為の後で訴状送達の翌日であること記録上明白である昭和三八年七月五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務あるものといわなければならない。

七、よつて原告らの本訴求請中、被告小林二郎に対する右部分は正当として認容し得るが、その余は失当して棄却し、被告小林製袋、同増田屋、同工藤邦男、同国に対する請求はいずれも理由なきものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚淳)

別紙(一)~(四)〈省略〉

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